はじめに
こんにちは。おにまめです。
建築家 伊丹潤さんのドローイングを集めた作品集です。
ドローイングと少しのコラムを掲載しているので、建築初心者でもサラッと読めると思います。
30分くらいで読めますので、学生さんとかにもオススメです。

それでは早速いってみましょう~!!
まずは伊丹さんのご紹介を。
韓国人を両親にお持ちですが、日本で生まれ育ちました。
ですので、本名は違ってユ・ドンユンさんです。
(ここでは分かりにくいので伊丹さんで行きます。)
1937年 東京都出身
1964年 武蔵工業大学工学部建築学科を卒業
1958年 日本で伊丹潤建築研究所を設立し日本で活躍されます。
2002年 韓国でITMユ・イファ アーキテクツを開設され、主な拠点を韓国へと変えていきます。
2011年 ご逝去
この本はご逝去された翌年の2012年に発行されています。
生前に伊丹さんと親交があった方々からの、伊丹さんの建築に対する姿勢などを解説してくれています。
伊丹さんの日本での活躍が認知されるようになったのは、建築家人生の中でも後半です。
2000年頃からの韓国での活躍が評価され、日本でも再評価を受けたという経歴です。
作風

伊丹さんの作風は時代とともに少しずつ変化していきます。
【温陽美術館】では、『土ブロック』を大々的に用いて土着的な作品を残しました。
それ以降の数年は『石』の時代です。
石の壁を表現していくことに腐心していきます。
【刻印の塔】【石彩の教会】などがその代表例です。
韓国の仕事が増えた頃と同時期に土ブロックや石の激しさは脱していき、静かで落ち着きのある作風へと変わっていきます。
そして済州島の美術館三部作である風、石、水の【三つの美術館】によってみごとに表現されます。
これら組積造を得意とした理由に考えられるのが、若い頃に手掛けた青山のパブレストラン【トランク】です。
このプロジェクトで韓国のレンガ造建築を一棟解体して、その素材をそのまま用いたという経験が作風に影響していきます。
また元々、伊丹さんが廃材好きだったことも影響しているようです。
青山ではレンガに留まらず、だるま船を一隻解体して、その木材も利用しています。
先ほど紹介した【刻印の塔】でも元はと言えば、石切り場から切り出された石のうち、商品化の過程で廃棄されるものを用いたいとの願望からデザインが開始されたのが発端のようです。
このような伊丹さんの作風の歴史を見る限り、一つのことをとことん突き詰める姿勢で建築に臨まれていたという印象を受けます。
現に伊丹さんの作品でテーマが「石」であれば、その建築に使われているもの・目に見えるものはほとんど「石」で構成されています。
素材が強く演出されているのではなく、素材そのもので建築を作っているようなものです。
ですがこの伊丹さん、めちゃくちゃ美しい建物を設計しているのに、日本ではあまり認知が高いとは言えないと思います。
失礼ながら少なくとも僕は、この本を手に取るまで知りませんでした。

現に「刻印の塔」とGoogleで検索すると、知らないゲームの攻略法が出てきます。笑
何故なのかは正直分かりません。
この本を読めば読むほどに、このような優れた建築家の存在を知らなかったことを悔やんでしまいます。。
なぜなら僕は昔、韓国に行ったのに、、
普通に明洞(ミョンドン)でマクドナルド食っていたからです。笑
今あの時の自分に会えるならば必ずこう言うと思います。

『いいから、刻印の塔か三つの美術館を見てこい。お前は7年後必ず後悔する』と。
悲しいかな、その7年後が今夜です。
抜粋
まぁ茶番は置いておいて、僕の琴線に触れた言葉を抜粋します。
以前僕が紹介した『自分の仕事をつくる』 という本にも通ずる哲学がありました。
良ければこちらも覗いてみて下さい。
ただ建築を造ればいいのではない。
(本書より抜粋)
自分を主体にして建築を媒体や中間項としてとらえた場合、
どのような世界が広がるのか、
どのような余白が見えてくるのか、
どう調和するのか、
逆にどんな対立と複合が起こるのか。
私が伝えようとしていることは、
(本書より抜粋)
建築を媒体として、自然と人との間に表れる世界。
つまり新しい世界を見ることであり、見えない世界を見ることである。
手描きのドローイングは今後も貫きたい。
(本書より抜粋)
アナログに徹し、コンピュータの画面はできる限り見ないようにしたい。
そこには感性は存在しないと考えている。
ほとんどの建築家は、その時代時代の流行に影響を受けスタイルを器用に変化させてゆく。(中略)
(坂茂 本書より抜粋)
作品づくりをほとんどスタッフに任せ、時間の多くを作品づくり以外のことに費やすようになる。
そのような建築家は世間では「大先生」であるが作家として終焉を迎えてゆく。
ある意味で世渡りがうまくない伊丹さんはそれらの誘惑に負けることなく、というより結果的には「運良く」誘惑されず作品づくりに没頭してこられたと
いっていいのではないかと思う。
以上非常に良い本でした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。